トップ > 吉祥院山内
当山は、荒川に隣接する足立区本木西町にあり、区の保存樹林に囲まれた真言密教の道場です。
山門をくぐると、正面に本堂、左に鐘楼堂、右に客殿、庫裡、書院、壇信徒会館などがあります。
本堂は昭和五十七年(1982年)の再建で、八間四面、入母屋造りの重厚な建物です。
拝殿にかかる「吉祥院」の扁額は豊山派第二十六代管長。総本山長谷寺第八十世化主中川祐俊猊下の揮毫です。
本堂内には、当山のもう一つの扁額、宝鏡院宮(江戸時代中頃)御染筆の「淵江山」がかけてあります。もともと山門にかけられていたのを、大正年間山門改修の際、本堂に移したものであり、その折、白木に彩色、文字に金箔が施されました。この扁額が山門にあった時分は、恐れ多いとして、一般の葬儀は山門の外で行われていました。
また現在本堂の西脇にある墓地は、昭和三十年以降に、護摩堂跡地に造成されました。本堂内には本尊大日如来像のほか仏像数体をはじめ、真言八祖や十二天の仏画や欅の板(幅七尺高二尺)10枚に彫刻された弘法大師一代記があります。
本堂手前左側には鐘楼及び水子地蔵尊・歴代住職墓地・宝筐印塔・稲荷社などがあります。
鐘楼堂は天明三年(1783年)に建立され、昭和三十五年に修築し、梵鐘は戦時中供出して今は二世の梵鐘がかかっています。(昭和三十四年再鋳)
旧山門は、平成十四年(2002年)に新山門(仁王門)建築にあたり、一部修繕の上、吉祥院南東にある常念坊に移築されました。
寛保二年(1742年)建立の、当寺で最古の建物で足立区の登録文化財に指定されています。
昭和四十二年(1967年)に檀信徒の集会所として建てられました。三十四世 有教住職が本木西町会の会長をしている頃は、町会の会合等にも使用されました。現在、施餓鬼会法要の受付や家族葬などに使用されています。
正面には胎蔵界大日如来(たいぞうかいだいにちにょらい)の坐像が安置されています。元は常念坊の本尊として祀られていた仏像です。像高46cm寄木作りで江戸時代初期の作といわれています。